今週のコラム 「万人を魅了する千年企業を目指す!」 [第5話] 理念・ビジョンに筋金(すじがね)を入れる

軸のぶれない経営者は、「何のために」が

先日の異業種交流会での一コマです。日頃親しくさせて頂いている経営者の方からこんなひとことを言われました。

「村上さん、まだ構想ではなく妄想段階のお話しですが、幼稚園を買収するなんてどうですかね?」

私は間髪入れずに「なるほど、教育事業ですか?」と聞き返しました。

実は彼は鳶(とび)職人を使って建設現場で足場を組むお仕事をされており、その部分だけ取ってみると、教育事業とは接点は特にないのです。
しかし、彼は普段から「私の仕事は若手職人の人材育成です。」と口癖のように話しているのです。

つまり、本業の足場工事は季節に関係なく屋外で行う仕事なので、とてもキツイ、いわゆる3Kと呼ばれる仕事の一つですが、彼は経営者としていつも違う景色を見ているのです。その証拠に、次のようなことを言っています。「自分はこの足場工事という肉体的にとてもきつい仕事を通して、縁あって出会ったこの若者たちをこの先、自分の会社に残っても残らなくても構わないので、自分の人生を自分で切り拓いていけるだけの力を身に付けさせてやりたい。自分が経営者としてやってあげられるのはそれだけです。」と。

彼は自分の使命を「人材教育を通して、世の中を良くしていくこと」と明確に決めており、たまたま、今は足場工事という仕事を通して人材教育を行っているだけで、幼稚園経営でもその使命はブレることなく十分に果たせるのです。この場合、いわゆる異業種への参入になる訳ですが、本人の使命にブレがないので、聞いていて違和感を感じさせないのです。私が彼の問い掛けに対して、間髪入れずに「教育事業ですか?」と聞き返したのはそういった理解が前提としてあったからです。

さて翻って、経営者向けのセミナーや書籍では、理念やビジョンの必要性が声高に叫ばれています。ここで注意したいのは、多くのセミナーや書籍から得られるのは、理念やビジョンを作っていく際の方法論に過ぎないという事です。

実は理念やビジョンを作る前に経営者がやるべき一番大事なことは、「私は何のためにこの会社を作ったのか?」、「私は何のために今の事業を始めたのか?」、「私は何のために今ここにいる社員たちを雇用したのか?」といった自分の在り方、会社の在り方についての際限のない自問自答を四六時中積み上げるプロセスなのです。かつ、その自問自答を幹部社員だけでなく一般社員とも分かち合い価値観をさらけ出し合うといったプロセスなのです。

しかし、この一番大切なプロセスは、通り一遍のセミナーでは、具現化など到底できないのです。

したがって、このプロセスを抜きにして、セミナーや書籍で学んだ方法論のみで自社の理念やビジョンを作り上げようとしても、文字通りの「絵に描いた餅」にしかなりません。

表現はきついかも知れませんが、その程度の理念・ビジョンは、応接間に額縁に入れて飾り、取引先・取引銀行・経営者の友人といった外部からの来訪者の目に触れるために作った「いい格好付け」にとどまるだけです。

もし、自社の理念・ビジョンがその程度にとどまっているとお感じになるのであれば、是非とも初心に戻って考え直して欲しいものです。

理念・ビジョンが経営者の「何のために・・・」という自問自答の末に練り上げられているとしたら、従業員にとってこれほど心強い羅針盤はありません。まさに理念・ビジョンに筋金が入った状態です。

会社は常に揺れ動く市場から競合に先んじてお客様を奪い合うというし烈な競争の中に身を置いているので、経営者も自社の現状にふと疑心暗鬼になることもあります。従業員であればなおさらです。そういった時、経営者が全身全霊を込めて自問自答した上で絞り出すように作った理念・ビジョンであれば、状況は変わってくるのではないでしょうか。

つまり、経営者として迷いが生じた時でもそれを目の前にしただけで、自問自答していた時の思考が蘇ってきて、迷いを吹っ切るきっかけが見つかるはずです。それは従業員にも言葉ではなく、空気感で伝わります。会社が一枚岩に変貌していく瞬間とも言えます。

その好循環が回り始めた会社は、非常に強いです。

外部環境が悪化して、競合が業績を落としてしまう状況にあっても、文字通りの一致団結したスクラム体制で「今当社のお客様が求めていることは何か?」、「市場全体が求めていることは何か?」、「わが社が世の中の為にできることは何か?」という自問自答を経営者だけでなく従業員も自ら率先して行い、活路を見出していくものです。

すべてが上手くいくとは限りませんが、外部環境に翻弄されて右往左往している会社と比べたら、雲泥の差が付いていくのは明らかではないでしょうか。

冒頭に紹介した足場工事会社の経営者は「理念・ビジョンに筋金を入れる」をまさに地で行っている経営者です。中学出たてのやんちゃな若者を何人も雇用して、時にはゲンコツをくれながら、実社会で生き抜くための覚悟を教え、最近では発注先の社長から「あんたの会社の職人は若いのにしっかりしている。イイね。安心して現場を任せられる。次の現場の時もあいつをよこしてくれよ。」と評価されており、当の社長も自社の社員が褒められるのが何よりも嬉しいと仰っています。

自分の使命に合致した理念・ビジョンを掲げて、それに向かった経営をしていく清々しい経営者が一人でも多く増えていくことを願ってやみません。

あなたの理念・ビジョンには筋金(すじがね)が入っていますか?