今週のコラム 「『盤石の財務基盤』を次世代へと繋ぐ」 [第12話] 生き残りたければ、新規商品・新規顧客に手を付けない!

「今」を知らずして「先」ばかり見ていると、自ら衰退を招く

先日、ある経営者の方が、当社の個別相談に見えられました。彼は「わが社の今の低迷状態を打破するために、先ずは新規商品開発と新規顧客開拓を最優先課題として社内に号令をかけたばかりです。他に何か留意すべき点があったら教えてください。」と仰っていました。

これに対して私は、「低迷していると仰いましたが、御社の現状はどのような状況なのでしょうか?」とお聞きしたところ、「ひと頃と比べて低迷しているとはいえ、おかげ様で営業利益のレベルでは、何とか黒字をキープしています。でも、これに甘んじていては将来ジリ貧になるのは見えているので、今の事業を少しでもテコ入れすべく、新規の商品開発と顧客開拓を全社一丸でやろうとしているところです。」との回答でした。

案の定の回答でした。

多くの中小企業がそうであるように、この会社も損益を会社という単位でしか見ておらず、商品・顧客という単位では見ていないのです。社長が冒頭で仰った「低迷している」のは会社全体の状況を指しており、商品単位・顧客単位の状況ではないのです。

この社長は、会社単位での利益が、かつての最盛期と比べて低迷しているから、これではダメだと、新規商品・新規顧客を追い求めようとする。

一見、正しい経営判断に見えるかも知れませんが、実はここに大きな落とし穴があります。この落とし穴に気付いていない経営者が余りにも多いのです。

損益を商品単位・顧客単位で見ていくと、そこには隠れた赤字と伸ばし切れていない黒字の両方が必ず混在しています。しかし、ほとんどの中小企業は損益を会社単位でしか見ていません。そのための仕組みがないからです。

結果的に、赤字商品・赤字顧客の存在を見逃し、売れば売るほど赤字が広がることに気付いていません。逆もまた然りで、伸ばせば大きく儲かる黒字商品・黒字顧客の存在にも気付かず、大きな儲けのチャンスを逃しています。

この状態のままで、新規商品・新規顧客をいくら取り込んだところで、隠れた赤字を広げ、逃す儲けを大きくするだけです。

ここで、商品A・B・Cと顧客甲・乙・丙を抱えているX社を想定します。商品Aは利益率が高い黒字商品、商品Bの利益率はトントン、商品Cは利益率がマイナスで売れば売るほど赤字を広げる赤字商品です。一方、顧客甲・乙は、特に値下げ要求もなく納期も普通なので、全く手間も掛からない黒字顧客です。逆に顧客丙は、常に値下げ要求がきつく突然の短納期要請も頻繁にあるなど、非常に手間の掛かる赤字顧客です。

このX社が儲かる事業を作り上げるためには、商品を黒字商品A・Bと赤字商品Cに、顧客を黒字顧客甲・乙と赤字顧客丙に峻別して、販売戦略に違いを持たせて然るべきなのです。

具体的には、黒字商品A・Bはさらに販売を強化し、赤字顧客丙にもヨコ展開していきます。赤字商品Cは積極的な営業をかけず、単にカタログに残しておくだけに留めるのです。顧客面では、黒字顧客甲・乙には黒字商品A・Bの販売をさらに深掘りします。赤字顧客丙に対しては、値上げ要求や短納期要請に応じる際の高単価提示などを通じて、収益率を改善していく戦略を図るのです。

損益を商品単位・顧客単位に見える化するだけで、販売戦略をこのように多様化していくことが可能になるのです。

ここまでできて、ようやく、隠れた赤字を撲滅し、伸ばし切れていない黒字を完全黒字化して、事業全体の収益性を上げていくことが可能となるのです。逆もまた然りで、X社という会社単位の損益だけを見ていては、効果的な販売戦略など何一つ立てられる訳がないことは自明です。

しかも、既存の商品A・B・Cや顧客甲・乙・丙の単位での損益状況を把握できていない状態で、新規商品・新規顧客をいくら増やしたところで、売れば売るほど赤字を広げ続け、伸ばし切れていない黒字をそのまま放置して、大きな儲けのチャンスを逃し続けるだけ、ということも明らかです。

さて、冒頭に紹介した、当社の個別相談に見えられた経営者の方に話を戻すと、この会社が先ず手を付けるべきは、新規商品・新規顧客を追い求めることではありません。

現状の損益を商品単位・顧客単位で見える化する仕組みを作ることなのです。合わせて、見える化された損益状況に対して、最適な打ち手をタイムリーに打てるようにする体制を作ることなのです。これに尽きます。

新規商品・新規顧客を取り込むのは、それからです。この仕組みが出来上がり、回るようになれば、後はどれだけ新規商品・新規顧客を増やしても、隠れた赤字を撲滅し、伸ばし切れていない黒字を完全黒字化することが可能になるのです。

あなたは、「今」を知ることを放棄して、「先」を追い求めて自ら衰退を招きますか?