今週のコラム 「『盤石の財務基盤』を次世代へと繋ぐ」 [2020年2月9号] 自動ドアが開かないっ!

先日、地元静岡のコンビニで買い物を済ませて、
 お店を出ようとした時のことです。

起きないはずの事が、
 起きたんです。

と言いますか、

起きるはずの事が、
 起きなかったんです。

 つまり、

 開かなかったんです、
 自動ドアが。

 勘定を済ませて、
 さあ行こう、とお店を出ようとして
 自動ドアの前に立ちました。

ズーーーン
 (こんな音かどうかは分かりませんが)、
 という音とともに、

ドアが開く。
 そして、僕はお店を後にする。

この風景しか想像しないですよね?

「さて、このドア開くかな?
 それとも、開かないかな?」

なんて思いで、自動ドアの前に立つ買い物客は、
 たぶんですけど、
 この世に1人もいないのではないでしょうか?

そのくらい、当たり前のことですよね?
 自動ドアが開くって。

ところが、
 開かなかったんです。

本当に。

ン?
 エッ?
 ン?

一歩下がって、再チャレンジ。

ン?
 エッ?
 ン?

開かない。

そのうち、
 道路の方からお店に入ってこようとする
 女子高生らしき子と、
 自動ドアガラス越しに
 ご対面みたいな状況になり、

その子のおかげかどうかは分かりませんが、

自動ドアは、

無事に、
 自動に(笑)
 開きました。

なんで?

俺って、影薄いのか?(笑)

思わず、
 何年か前に、堺雅人が弁護士役で主演していた
 人気ドラマ「リーガル・ハイ」のワンシーン
 を思い出して、笑ってしまいました。
 (分かる人は絶対分かる、あのシーンです。)

今日はこのことに絡めてお話ししたいと思います。

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当たり前ですが、
 当たり前のことは、当たり前に起きます。

でも、
 その当たり前のことが、
 当たり前のように起きない時も、
 たまにですが、あります。

貴方なら、
 そんな状況に出くわした時どうしますか?

「なんじゃコレ!あり得ない!」
 と、現実を受け入れられないですか?

それとも、

「まあ、こんなこともあるわな!」
 と、不承不承でも現実を受け入れますか?

 これ、実は大きな分かれ道です。

 「なんじゃコレ!あり得ない!」
 と思った場合、

想定外の状況になっていることは
 紛れもない事実にもかかわらず、

「なんじゃコレ!あり得ない!」
 と感じた瞬間に
 思考停止してしまう可能性が高いです。

これは何としても避けたい。

経営者であれば、尚更です。
 思考停止していい時など1秒だってない。

 一方で、

「まあ、こんなこともあるわな!」
 と思った場合、

想定外の状況になっていることは
 紛れもない事実ですが、

その状況を現実として
 受け止めることができているので、
 思考停止には陥っていません。

つまり、
 善後策を打ち出せる思考力が
 十分残っているのです。

何が言いたいのかというと、

自分の固定観念を、
 どんな時でも、
 どんな場所でも、

手放す覚悟を持つことが、
 必要だということです。

「絶対にこうあるべきだ!」
 なんて思い込んでいることなんて、

しょせん自分の固定観念の産物
 でしかありません。

つまり、
 自分自身の狭い狭い知識と経験を
 ベースに判断しているに過ぎません。

そんなモノに固執していること自体、
 「ヤバい!」
 と思うべきではないでしょうか?

自分が絶対だと信じていることの基準が、
 自分の固定観念だとしたら、
 固執すること自体
 愚かなことではないでしょうか?

自分のまわりで起きる現象は、
 自分の固定観念を
 遥かに超えたモノばかりです。

発想と思考を
 最大限に自由に解き放して、
 時代の変化に
 向き合っていきたいものです。

 ちなみに、
 僕の行く手を阻んだコンビニの自動ドアは、

店側のセンサーが
 ちょっと不具合だったかも知れませんね。

(女子高生は入ってこれたから
 道路側のセンサーは問題ない・・・本当か?)

それにしても、
 自動ドアのセンサーにすら感知されなかった僕の影は、
 やっぱり薄い?(笑)

リーガル・ハイに出ていた、
 あの髪モシャモシャの弱っちい弁護士が
 喫茶店を出ようとして、
 自動ドアの前で何度も飛び跳ねたけど、
 自動ドアはピクリとも動かなかったあのシーン。

あの髪モシャ弁護士と同じくらい影が薄いかも!(笑)

 

今日も最後までお読みいただき、

 ありがとうございました。
 次回もまた当コラムでお会いできる
 のを楽しみにしています!