今週のコラム 「『盤石の財務基盤』を次世代へと繋ぐ」 [第22話] 新規事業参入に強烈な「何のために」が不可欠な理由

先日、当社の個別相談に見えられた経営者が、次のような事を話されていました。

「先生、ウチの会社もそろそろ新規事業に参入しようかと考えているんですよ。」

お聞きすると、このご時世の割にはここ数年間の業績が比較的順調なので、本業とは全く接点のない異業種への新規参入を検討しているとのことでした。

社長の肚はやる方向にほぼ固まっているようで、その事後報告的な意味合いで御相談に来られた感が非常に強かったので、私はこの件については聞き役に徹していました。

しかし、お聞きしている間中、終始違和感を覚えていました。理由は、この社長が異業種への新規参入を目指す意義、つまり「何のために」が全く見えてこなかったからです。

環境変化の厳しい昨今、異業種に新規参入する企業は多々あります。しかも、大手企業にその事例が数多く見受けられます。当然のことながら、豊富な資金力を活かしての経営判断の結果でしょう。その場合、全くの異業種と思いきや、元々の本業との相乗効果を狙っている戦略が見え隠れしています。

例を挙げれば、古くは世界的AV機器メーカーの銀行・証券業参入、最近ではスーツ販売会社の飲食事業参入、家具製造販売会社やフィットネスクラブ運営会社のアパレル業参入、等々です。

実際に数え上げたらキリがありませんが、そもそも、異業種参入の目的は何でしょうか?

まず、大企業の場合、既に業界トップクラスのポジションで走ってきた結果、潤沢になった経営資源(ヒト・モノ・カネ)を今のまま置いておくよりは少しでも有効活用しようということで異業種に打って出るケース。これは、大手企業だからこそ可能なことですが、全てのケースが成功している訳ではありません。

大企業といえども、異業種に挑むことで得られる経験やノウハウが、元々の本業に相乗効果的に還流されているかどうかが大事です。この還流を前提としているということは、異業種参入といっても、元々の本業で培った経験やノウハウを本質的に流用するので、そこに配属される社員にとってもチャレンジし甲斐があるのです。

逆に、還流をまったく前提にしていない異業種参入は極端な言い方をするのであれば、博打に近いものがあり、失敗すれば、たとえ経営資源(ヒト・モノ・カネ)を豊富に持つ大企業であっても、あっという間に枯渇してしまうでしょう。

ちなみに、先のアパレル業に参入した家具製造販売会社やフィットネスクラブ運営会社は、元々の本業でも、商品・サービスを売ることをゴールにしてきた訳ではなく、商品・サービスの提供の先にユーザーに感動を与えることに主眼を置いているのです。なので、そのコンセプトに一貫性を保っている限り、何を販売しても市場をコントロールできる可能性が高いのです。新たな異業種参入のスタイルを見せてくれることを巷では大いに期待しています。

一方、経営資源(ヒト・モノ・カネ)に限りのある中小企業が異業種参入する場合、経営者の目的は何でしょうか?

考え得るのは、本業との僅かな接点を探り、異業種で得た経験・ノウハウを元々の本業に還流させて、本業をさらに深掘りしていこうとするケース。この場合、100%成功する確約はないにしても、成功する可能性を感じます。

これに比べて心許ないのが、元々の本業が不振、もしくは今後伸びる余地がないと「判断」して、異業種に参入しようとするケースです。いわゆる「隣の芝生は青い」的な発想で現実逃避するケースです。

ここで重要なのは、経営者として、異業種に参入しようと経営判断を下す際に、どれだけ「何のために」を考え抜いたのか、ということです。

従来からの本業を競合と差別化するためには、接点は僅かしかないにしても、そこで蓄えられる経験・ノウハウが必ずや元々の本業に活かすことができ、それにより強力な差別化が図れるはずだ、という戦略を立てて異業種参入を断行したのであれば、非常に有望と言えます。

逆に、今のままだといずれはジリ貧になるので今ブームのビジネスに進出してみようという場合、単なる延命措置に過ぎず、また、今ブームであればあるほど、競合が密集するビジネスになるので、差別化など夢のまた夢で、その他大勢の中に埋もれてしまうことは明らかです。その後の顛末は推して知るべしです。

ただ、ここで、元々の本業に見切りを付ける際、経営者としてどこまでその本業の状況を分析したのかは、極めて重要です。

具体的には、本業の中で「今まで手に入れられたはずだが目をつぶっていた利益」、つまり「潜在利益」の存在をどこまで的確に把握できたか、なのです。

どのような企業でも複数の商品・サービスを売っていれば、赤字商品もあれば黒字商品もあります。ところが、商品単位の損益を見てこないがために、本当は食い止められたはずの赤字を知らぬ間に積み上げてきています。また、大きく伸ばせる黒字商品を平凡な売り方をしてきたために、大きな黒字獲得のチャンスを知らぬ間に見逃してきています。

その商品単位の損益を見ることなく本業に見切りを付けるのは、余りにも時期尚早と言わざるを得ません。

つまり、経営者である以上、損益をこうした商品単位で見ることなく、安易に本業に見切りを付けてはダメなのです。

ウチは商品別の粗利益くらいは毎月把握しているから問題ない、と言われる経営者がおられるかも知れません。しかし、誤解なきように補足しますが、たとえ粗利益を商品単位で見える化できていても、はっきり言って何の意味もありません。そのレベルでは、どんぶり勘定とほとんど変わらないのです。粗利益ではなく、営業利益レベルで商品単位の損益が見えていて、初めて「損益が見えている」と言えるのです。(これにつきましては、今後のコラムで改めてお伝えしていきます)

 

あなたは、異業種参入に関して、「隣の芝生は青い」的な誘惑に駆られることなく、自社の芝生を常に養生して、青い輝きを維持していますか?