先日、ある経営者の集まりに参加した時の一幕です。
初めてお会いした経営者がこんな事をお話しされました。「村上さん、ウチの会社には様々なレベルの社員がいるので、同じ仕事を指示する場合でも、相手によって説明の仕方を変えていかないと、やらせる社員のレベルによって出来上がりが違ってきてしまうので苦労しています。場合によっては、社員に説明するのも億劫になり、結局は自分でやってしまうこともままあるんですよ。」
これに対し私は、「巷では『仕組み』というコトバが横行していますが、現状でも社長の会社にはれっきとした仕組みがあるんです。ただし、レベル的には、今お聞きしたレベルの仕組みです。ただし、今よりもっと上のレベルの仕組みを目指すことは十分可能です。」とお答えしました。
この社長が不満を言葉に表すということは、非常に良い兆候です。つまり、会社の現状に違和感を覚えている裏返しだからです。会社の現状を改善していくことの必要性を肚の中にマグマのように溜め込んでいる証拠なのです。
彼が今感じている不満にどのように対処していくのかの方向性さえ誤らなければ、間違いなく良い形でのステップアップが実現できるでしょう。
そもそも論ですが、会社が事業を回していく上で、「仕組み」はどんな形にせよ常に存在しています。
「ウチは社長の私しか事業の全貌を掴んでいる人間がいないので、休む暇なんかないんですよ。」といった具合に、社長に顧客対応の勘どころとか、仕入先を選定する際の基準とかのノウハウが一極集中していて、他の役員、社員では代替が効かない、というのも仕組みの一つです。
「ウチは製造に関する全てのノウハウが、創業以来頑張っている工場長の頭の中に詰まっていて、他の社員は工場長から指示された事だけやっていれば、問題なく製品は作られていく」といった具合に、製造に関する原材料の仕入れの要諦や、製造工程のコントロールの要諦とかのノウハウが最古参の工場長に一極集中していて、他の役員、社員では代替が効かない、というのも仕組みの一つです。
もう一つ、分かりやすい例としては、「ウチは業務プロセス毎に、業務の流れを文字に起こしてマニュアル化して、担当が誰であってもそれを見れば仕事を回すことができる」といった具合に、世に数多くいる仕組みコンサルタントが声高に推奨するこのような状態も、もちろん仕組みの一つです。
要は、存在する仕組みのレベルの差が、経営の差、つまり長い目で見た会社の伸びしろを左右するのです。
人間というものは一般的に、自発的な変化を好むタイプと好まないタイプに分かれます。ここで言いたいのは、もちろん、経営に焦点を当てた場合です。
経営者として、現在の企業経営に違和感を感じているのであれば、それは現時点での仕組みのレベルが不十分だからです。
例えば、先に紹介した「最古参の工場長に、製造プロセスに関する全てのノウハウが一極集中していて、他の役員・社員はもちろんのこと、経営者ですら代替することができない」というようなケースです。
既に書いたとおり、これもれっきとした仕組みの一つです。ただし、属人性に偏重した仕組みといえます。
この場合、特定の業務プロセスの全てを、一人の社員が掌握しているので、場合によっては効率は良いかも知れません。しかし、その社員が病気やけがで現場から離脱せざるを得なくなった場合、その特定の業務プロセスが機能不全に陥ることは火を見るより明らかです。
このように属人性に偏重した仕組みは両刃の剣のようなリスクを抱えています。これに対する経営者としての対処は「仕組みのレベルを変える(別の言い方をするのであれば“レベルを上げる”)」ことです。
企業の永続的な存続を志向する経営者であれば、当然の経営判断ではないでしょうか。
では、目指すべき仕組みのレベルはどういったものなのでしょうか?
概要としては、これも先に紹介した「各業務プロセス毎に業務の流れを文字に起こして、マニュアル化して、担当者の社歴に関わらず、それを見れば仕事を回すことができるようになっている」状況を思い浮かべていただけるといいでしょう。
企業における業務は大きく分けると対外的業務(営業、製造、仕入etc.)と対内的業務(総務、人事、経理、財務etc.)に大別できます。そこで経営者として、最もイメージが湧きやすい対外的業務に焦点を当てて言及します。
当然全ての会社に当てはまる訳ではありませんが、次のような業務の流れがあるとします。
- 見込み客へのアプローチ(電話・訪問)
- 商談
- 見積り
- 受注
- 製造(原材料の仕入れ、含む)
- 出荷納品
- 売上計上
- 代金請求
- 代金回収
これら複数の業務が複数の部署の連携の下、バトンリレーのように紡がれて先に進んでいきます。
それぞれの業務に携わる社員の中には、熟練者もいれば新入社員もいます。この中の誰が業務を担当しても、同じ品質を実現して次の部署にバトンパスできて、初めて顧客に一定レベルの価値を提供できるのです。
そのためには、「これさえあれば、業務が回る」というマニュアルを作るのです。マニュアル作りには、その部署の熟練者、新入社員の区別なく総動員が関わることにより、連帯感も自然に醸成されます。
ひとたび、そのマニュアルを使って業務を回す際、ミスや不効率といった想定外の事象が起こるものです。
その時に特に大事なことがあります。それは、ミス・不効率といった事象が起きた時に追求すべきターゲットは、総動員で作成したマニュアルそのものなのです。決してミス・不効率を出した直接の担当者をターゲットにしないことです。
その時の担当者がミスや不効率を出した当事者ではありますが、あくまでもマニュアルに沿って仕事をした結果であり、別の見方をすれば、他の社員がやっても同じミス・不効率が生じた可能性が非常に大きいと言えます。なぜなら、マニュアルがそうなっているからです。
だからこそ、想定外の事象が生じた時は、担当者を責めるのは誤りで、直接の担当者を含めた全員でマニュアルの妥当性を再検討して、マニュアル改訂をしていくのです。
マニュアル改訂に関わることのメリットは、
- ミス、不効率を生じた担当者が腐ることなく、積極的に仕事に取り組み続ける
- マニュアル改訂を必要なタイミングで積み上げていくので、業務の精度が確実に上がる
- 自分の業務を継続的に深掘りしていくので、社歴に関わらず、質の高い社員教育が現場仕事の中で実施できる
などが挙がられます。
現時点での御社の仕組みのレベルがどの位置にあるかに関係なく、こういったレベルの仕組み構築を、経営者として目指していただくことを願ってやみません。
想定外の事業が起きた時、あなたは「人」ではなく、人が司る(つかさどる)「仕事の流れ」にメスを入れていますか?