今週のコラム 「『盤石の財務基盤』を次世代へと繋ぐ」 [第32話] 新規事業を目指した時点から、企業の衰退は始まる

経営者に「新規事業には手を出してはいけません。」とお話しすると、決まって「なぜですか?企業存続を図っていくためには、既存事業にしがみついているだけでは危険で、新規事業に打って出るのが当然の経営戦略ではないでしょうか?」という反論が返ってきます。

企業存続のためには、経営者として新規事業を模索することは極めて重要な経営課題です。

しかし一方で、新規事業に手を出すのは得策でない場合があるのです。

まず、新規事業とは読んで字の如し、現在行っていない事業です。しかし、その新規事業も二つに大別できます。

一つは「既存事業の延長線上にある新規事業」、もう一つは「既存事業とはまったく関連性の無い未知の領域に該当する新規事業」です。

既にお分かりのように、前者は「是が非でも推進していくべき新規事業」で、後者は「手を出すべきでない新規事業」に該当します。

つまり、経営判断を下す際に、まず初めに明確に抑えておくべきは、「今、経営戦略の俎上に乗せようとしている新規事業は上記のいずれに該当するのか」ということです。

そもそも、経営者が既存事業では事足りず、新規事業なるものに意識を向けるのはどうしてでしょうか?

いろいろな理由があります。

  • 既存事業がライフサイクル的に見て、成熟期から衰退期に移行してきたため。
  • 既存事業がライフサイクル的に見て、成熟期の真ん中に位置するものの、先の事を見据えて先手を打っておくため。
  • 既存事業がかつての勢いを失いつつあるこの時期に、利益の源泉を作るべく世の中で脚光を浴びそうな事業にいち早く乗り出すため。

等々あります。

シンプルに表現するならば、「既存事業の将来性に一抹の不安、もしくは頭打ち感を感じるため、新規事業の検討に至る」ということです。

ここで経営者としての真価が問われるのは、「既存事業に限界あり、と結論を下す前に、あらゆる可能性を追求したか否か」という点です。

たとえば、経営計画に対して売上未達が続いているとしたら、以下のような考え得る原因を全て検討し尽くしたか否か、ということです。

  • クレーム対応が行き届いておらず、顧客の不満が知らぬ間に溜まってきてはいないか?
  • 品質管理の面で落ち度はないか?
  • 見込み客に対する営業マンのプレゼンテーションは高いレベルで均一性が保たれているのか?
  • 外部からの問い合わせの電話対応は好印象を与えているのか?
  • 当社が提供する商品サービスは、競合と同じ土俵で戦っていないか?

等々につき、すべて「検討済み」という確認が得られたのであれば、経営者として躊躇することなく新規事業を検討すべきです。

しかし、この段階でもさらに一つ、経営者としての真価が問われる局面が待ち構えています。

それは、「その新規事業に打って出るのは、『何のため』なのか、その大義名分を肚落ちさせたかどうか」という点です。

現在、区切りを付けようとしている既存事業を起ち上げた頃の志(こころざし)に再度立ち戻り、自分の会社を将来どのような会社にしたかったのか、かつて描いたビジョンに改めて向き合うのです。

起業当初に起ち上げた既存事業の将来性が薄れたからといって、会社のビジョン(理想の姿)までもが消え去る訳ではありません。会社が目指す理想の姿という「山の頂」を目指す登攀ルートは一つだけではないのです。

今まで登ってきた登攀ルートが時代の波に呼応しなくなったのであれば、別の登攀ルートに変更すればいいのです。あくまでも目的は山の頂に辿り着くことなのです。ここを肚落ちさせるレベルまでとことん考え抜いた上での新規事業なのです。

しかも、第二の登攀ルートを選択する場合、つまり、新規事業を起ち上げる場合、その新規事業は、既存事業を推進してきた長年の経験の中で培われてきたノウハウや経験則が核になるような新規事業にすべきです。

言い換えれば、文字通りの新参者として参入せざるを得ないような新規事業は得策ではない、ということです。

なぜなら、全くの素人が参入できるような事業領域の場合、あっという間に無数の競合相手が雨後の筍のようにひしめき合う状況になり、やがては不毛の消耗戦に移行し、誰もが敗者の道を辿ることが火を見るより明らかだからです。

たとえば、「従来の既存事業が早晩頭打ちになるから、これから時流に乗りそうだと巷で話題になっているエコビジネスに乗り出したらどうだろうか。わが社の既存事業との関連性は皆無だが、ちょうど遊休の土地もあるし、設備メーカーからは、そこに関連設備を敷設して稼働させて順調にいけば、20年で投資回収は可能との提案も受けている。そうなれば、その先はすべて儲けになる・・・。」

などという極めて浅はかなそろばん勘定だけで、既存事業とは全く縁もゆかりもない新規事業に打って出ようとしていたならば、どうでしょうか?

こういった思慮の浅い経営判断を行う経営者など存在しないことを祈りたいですが、もし、このまま進んでいけば結果が悲惨なものになるのは容易に予想できます。

ちなみに、20年で投資回収しなければならない投資額とは、確定したキャッシュアウトです。一方、20年後に投資回収できるための収入額とは未確定なキャッシュインであり確約されたものでも何でもありません。

つまり、確定したキャッシュアウトに、もっぱら希望的観測に依存したキャッシュインを対比させているだけなのです。

今ブームだから、だとか、国策に後押しされているから、だとかいった甘言に乗せられた状態で判断を下すようであれば、経営者としての真価云々などとは遥か以前の問題です。

しかも、自社の財産であるノウハウ・経験則を全く活かせない分野であれば、余りにも無謀な賭け以外の何物でもありません。

これは目先の利益、つまり、内側にしか経営者の意識が向いていないため、先を見据えた判断が全くできないための結果でもあります。

経営者たる者、周囲が囁いてくる甘言などに惑わされることなく、愚直に自分がかつて事業を起ち上げた頃の志とビジョンを基軸に、会社と社員を導いていかれることを切に望みます。

繰り返しになりますが、選択する新規事業が既存事業と異なるのは当然です。

ただし、新規事業とは全く関連性もなく、しかも誰もが参入できるような事業領域では、今まで既存事業で辛酸を舐めながら積み上げてきたノウハウや経験則が活かせないどころか、不毛の消耗戦に巻き込まれて、会社を衰退の一途に陥らせるだけです。それだけは避けなければなりません。

自社独自のノウハウ・経験則を差別化された武器にして、勝者の地位を狙い続けていただくことを願って止みません。

意識を内側に向けたままでいると、自社を取り巻く情勢を見誤るだけで終わってしまいます。

あなたは、隣の芝生が放つ輝きに幻惑されないよう、意識を常に外側に向けていますか?