今週のコラム 「『盤石の財務基盤』を次世代へと繋ぐ」 [第34話] 「企業価値の毀損防止」を大企業だけの問題と片付けてはいけない理由

最近の企業経営者が関心を寄せるワードの一つに「企業価値の毀損」があります。

平たく言うと、企業不正により当該企業の信用度が失墜し、株価が大幅に下落し、結果的に企業の時価総額が著しく減じるという意味です。

このように書きますと、「企業価値の毀損とは、上場企業に限ったことで、我々中小企業には関係のないことだろう。」とお考えの中小企業経営者がおられるかも知れません。しかし、それは誤りです。

確かに、企業価値と聞いた時に連想しやすいのが、(企業価値)=(株価)×(株式数)なので、株価が日々変動する状況下にある上場企業以外は、企業価値の毀損云々とは直接関係はなかろう、と解釈されやすいのも事実です。

しかし、株価は企業価値を評価する尺度の一つにすぎず、企業価値は他にも様々な尺度で測定されるものです。

たとえば、「将来的に稼ぐであろうキャッシュフローの総量を、現在価値に割り引いて評価した企業価値」とか、「現時点で会社そのものが、いくらで売却可能なのかという観点で評価した企業価値」等々、考え方は様々あります。

したがって、中小企業であろうとも、企業価値の毀損防止に無関心であってはならないのです。

つまり、企業価値を毀損させないということは、上場企業のみならず、中小企業をも含めたすべての企業に当てはまる重要な経営課題です。

別の言い方をするならば、「企業価値の毀損防止」という経営課題は、企業規模に関係なく当てはまるものであり、ヒト・モノ・カネといった経営資源において、上場企業や大企業より劣位にいる中小企業だからこそ、むしろ、より重視すべき経営課題でもあるのです。

大企業の場合、ひとたび企業価値を毀損させると、失地回復させるのに、莫大な時間とコストを要します。大企業ならではの企業規模の大きさゆえに、生じたマイナスイメージを払拭するのに、それ相応の時間とコストが掛かる訳です。

一方、中小企業の場合はどうでしょうか?

失地回復のために充てられる時間とコストの許容範囲は圧倒的に限られています。ヒト・モノ・カネといった経営資源の総量に限りがあるからです。最悪の場合、失地回復に至らず、企業の存続自体を断念せざるを得ないケースもあります。

つまり、中小企業の場合、ひとたび企業価値を毀損させるような事態が生じると、敗者復活の猶予は基本的に極めて短期間しかない、と考えるべきです。

だからこそ、中小企業は企業価値を毀損させるような事態を一度たりとも招いてはならないのです。

では、そもそも企業価値毀損に繋がるケースとは、どういったケースなのでしょうか?

大企業の場合で言いますと、例えば次のようなケースです。

  • ユーザーが想定している品質をあたかも充たしているかのように見せかけて、実は手抜きをすることでコストを浮かせているケース(ユーザーを裏切るケース)
  • 実態は赤字にもかかわらず、粉飾決算を行うことにより、あたかも黒字を堅調に維持しているかのように見せかけているケース(株主や債権者を裏切るケース)
  • 国や当局が要求する業種特有の基準を充たしていないにもかかわらず、あたかも充たしているかのように見せかけて、実は違法状態で業務を続けているケース(規制当局を裏切るケース)

いずれも、様々な関係者から、様々な観点で、期待され、かつ要求されている条件を充たしていないにもかかわらず、あたかも充たしているかのように見せかけて、確信犯的に彼らを欺いているケースです。

結論を先に言いますと、上場企業の場合、こうした事態に陥ると、例外なく激しい社会的批判を受けて、株価は急落し、ユーザーは離れて行くため、株価急落を後追いするかの如く、業績も急落し、株価・業績が持ち直すには想像以上に長期間を要します。場合によっては、上場廃止という事態に追い込まれる場合もあります。

以上のことは、中小企業においても基本的に該当します。

ユーザーを裏切るケース、株主・債権者を裏切るケース、規制当局を裏切るケース等々。スケールは上場企業や大企業より小さいとはいえ、本質的には何ら変わりません。

上場企業や大企業と比べて決定的に違うのは、企業価値を毀損させる行動がひとたび明るみに出た際の、失地回復のチャンスが圧倒的に少ないという点です。

ヒト・モノ・カネの経営資源の総量が限られている中小企業にとって、企業価値を毀損させたのが仮に一度であっても、その代償は余りにも大きいのです。

上場企業の場合、企業価値毀損の影響は先ず株価に現れます。株価は業績の先行指標の役割も持つため、先ずは将来業績の行く末が株価に先行して現れます。

次いで、先行して下落した株価を後追いするかのように、業績もじわじわと悪化していきます。ただし、間髪入れず、すみやかにIR活動を実施することにより、事態の沈静化を図ることも可能です。実際に企業側の対応としてよく見受けます。

中小企業の場合は、上場企業のように株価急落という事態はありませんが、業績に直接響いてきます。しかも、事業規模が相対的に小さいため、業績へのマイナス影響も急激なスピードで及んできます。

業績の急激な悪化を食い止めるためには、取引銀行や取引先に対して、状況説明を行うことによる事態の沈静化を一日でも早く実行する必要があります。時間との勝負です。

しかしながら、最悪の場合は、文字通り時間切れとなり、企業としての存続に終止符を打たざるを得ない可能性も十分あり得ます。

だからこそ、企業価値を毀損させずに済むような仕組みを構築する必要があるのです。

一度の失敗が命取りになり得る中小企業にとっては、一度の失敗すら起こさせないような仕組み構築が必須なのです。(この仕組みにつきましては、別の機会にお伝えします。)

以上お伝えしてきましたように、中小企業経営者は、企業価値の毀損を上場企業固有のテーマであるかのように野次馬的な心境で眺めていてはいけません。企業規模が違っても、やるべき事を怠っていると、どこかで組織としての気の緩みが出てくるものです。

企業価値を毀損させる落とし穴は、至るところに転がっています。企業規模を問わず、です。

中小企業だからこそ、経営者たるもの、「企業価値の毀損阻止」を重要経営課題の一つに掲げ、日々の経営に臨んでいただきたいものです。

あなたは、経営者として背負う経営課題を決定する際に、企業規模の差を言い訳にしていませんか?