今週のコラム 「『盤石の財務基盤』を次世代へと繋ぐ」 [第41話] 社員からの待遇改善要求など躊躇なく却下すべき。それはなぜか?

経営者とお会いすると、「ウチの社員は待遇改善の要求を頻繁に言ってきて、その対応にいつも時間を取られて結構困っているんです。」というお話しを時折りお聞きします。

この場合の待遇改善要求とは、具体的には、「給料を上げて欲しい」、「ボーナスを上げて欲しい」、「残業代を上げて欲しい」、「家族手当を上げて欲しい」、「単身赴任手当を上げて欲しい」、「福利厚生を充実して欲しい」などなど、くれくれ君の如きでキリがありません。つまり、要求そのものにこれで終わりというゴールがないのです。

さて、こういった社員からの待遇改善要求ですが、法外で自分勝手なものなのでしょうか?

実は、社員にしてみれば至極当然な要求、という解釈が成り立つだけであり、そこに正しいも間違いもありません。それが、経営者にとって悩ましい要求であっても、です。

それはそうです。社員の関心事の多くは、どれだけ自分の生活を快適にできるか、毎日を経済的に豊かに送れるか、にあるからです。その関心事に直接的に関係するのが、自分自身が働いている会社から得られる給料だからです。

なので、彼らが会社に対して訴求してくる金銭的要求は、非常に単純明快で、否定できる部分はどこにもありません。ましてや、既婚者で扶養家族がいればなおさらです。ただしここまでは、あくまでも「社員視点」からの解釈ですが。

次は、「経営者視点」からの解釈です。

経営者の立場から見た場合、こうした社員からの要求は躊躇なく却下していい。むしろ、却下すべきです。

なぜなら、経営者が見るべきは、そこではないからです。経営者の視点は、思い描くビジョンをいかにして実現して、会社を理想の姿に近づけていくか、なのです。そこに近づくことにより、結果的に社員は幸せになっていくのです。

経営者にとって、社員は確かに大切な家族のような存在です。彼らが幸せになることも、経営者にとっての大きな喜びです。しかし、それは会社が発展成長していく過程で、結果として実現する現象であり、それを最優先に追い求めている訳ではありません。

この視点の違いが、社員を社員たらしめ、経営者を経営者たらしめているのです。

経営者の視点が社員と同じレベルの場合、社員から様々な要求があると、その経営者は間違いなく右往左往します。社員を喜ばしてあげたいと考える一方で、そこまですべきでないという声も聞こえてきて、経営者として決断ができない状態に陥ります。

なぜそのような状態に陥るのでしょうか?理由はただ一つ。その経営者の自己重要感が極めて強いからです。自己重要感とは、自分が何より一番大切、常に他から良く思われたい、という自己中心的な考え方です。

経営者がそうだと、どの社員にもいい顔をしたいがために、意見が対立するような場面に遭遇すると、何一つ決断できなくなってしまいます。なぜなら、全員にいい顔をしたいからです。そういう経営者は残念ながら、経営者として相応しいとは言えません。

一方、経営者の視点が社員とは異次元にある場合、社員からの様々な要求があった際の反応として、その経営者は鼻歌交じりで却下します。そこに何の躊躇もありません。なぜなら、そういう経営者は自己重要感が極めて希薄なため、社員によく思われようと、思われなかろうと、それは何の意味も持たないからです。

見据えているのは、ビジョン実現であり、理想の会社に近づけていくことでしか社員を幸せにできないことが分かっているため、社員から五月雨的に上がってくる改善要求など、雑音でしかないのです。

だからと言って、社員を道具でしか見ていないということは全くなく、一人一人家族のように大切に思っています。社員に対して、一見矛盾するかのような真逆の2通りの向き合い方を自然体でできるのが、経営者視点の持ち主なのです。

この相矛盾する経営者視点は、社員視点から見たら、間違いなく理解不能です。「ウチの社長は、鬼にもなるし、仏にもなる。本当はどちらなのかよく分からない。」となるのです。

どちらかが本当なのではなく、どちらも本当の姿なのです。二重人格者の如き、鬼と仏がごく自然に共存しているのが、経営者視点を持った経営者なのです。

以上のように、経営者視点を持つ経営者が、ビジョン実現のために、社員に対しては、時には鬼になり、仏になり、会社を牽引していく訳ですが、昔の職人気質の「俺の背中を見てついて来い」では、それはそれで上手くいきません。

ある時、後ろを振り返ると、誰もついて来ていない、などという状況もあり得ます。それでは、ビジョン実現はおろか事業継続すら危うくなってしまいます。

大事なのは、経営者の見ている世界を、事ある毎に社員に話して聞かせて、肚落ちさせ続ける必要があります。ビジョン実現に向けて経営者として描いているシナリオを、具体的に伝えてイメージさせるのです。

具体的というのは例えば、「いついつまでに、売上XX億、営業利益XX億達成。それが達成されると、内部留保もXX億増えるので、社員の給料を増やす原資も確保できる。その結果、給料をXX%昇給させることができる。だから、皆で一丸となって、この計画を実現させていこう。宜しく頼む。」ということです。

上記は、社員の昇給に焦点を当てた例ですが、経営者の視点は、ただ1点、樹木でいえば太い幹に相当する部分です。つまり、「経営者が描くビジョン実現」なのです。そのための戦略として、「社員のモチベーション維持」、「成長を裏付ける設備投資」、「成長をバックアップする資金借入れ」等があるのです。

また、経営者が思い描くビジョン実現のためのシナリオが「経営計画」です。

この経営計画から外れた物事には、一切気を紛らわす必要もないのです。冒頭の社員からの待遇改善要求などがその一例で、取り合う必要がない訳です。ただし、経営計画に沿った形で業績が伸びていけば、計画通りに待遇改善を粛々と行うだけなのです。

事業年度の途中でばらばらと噴出する要求などに経営者が右往左往するなど論外で、それらの要求は躊躇なく却下し、年度替わりの時に誠意をもって対応していくのです。

経営者の視点レベルはそうあるべきです。社員視点と比べた場合、その差は歴然としていなければならないのです。

あなたは、自己重要感を極限にまで薄めて、経営者としての別格の視点を自らのビジョン実現に向けていますか?