今週のコラム 「『盤石の財務基盤』を次世代へと繋ぐ」 [第43話] 経営者はプレッシャーに向き合う必要はない。それはなぜか?

この連休中、地元静岡で静岡国際陸上競技大会が開催されたので観戦してきました。全国トップレベルの選手に混じって、男子200メートルの往年の名ランナー末續慎吾(すえつぐしんご)も出場していました。彼は既に全盛期を大きく越えているので、残念ながら200メートルでは予選最下位でしたが、出場選手の中で誰よりも大きな拍手を受けていました。

数か月前に彼を採り上げていたテレビ番組を観ている時に、彼が全盛期に苦しんでいた地獄を初めて知りました。200メートで日本記録20秒03を樹立後(ちなみにこの記録は今も破られていません)に彼に寄せられていた期待は、日本人初の19秒台を出すことの一点のみ。19秒台を出さない限りは、たとえレースで勝っても誰にも称賛されない状況だったのです。

末續選手にとってこのことが異様なプレッシャーとしてのしかかり、ある日突然、身体のコントロールが効かなくなり、精神的にも不調をきたし、一時は死をも考えたそうです。当然、陸上ファンの前から何年間も姿を消していました。

先日のスタジアムでの観客の多くの人々は、そういった末續選手が地獄を味わったことを知っているのでしょうか、予選最下位の彼が満面の笑顔でゴールを駆け抜ける様子に、心からの惜しみない拍手を贈っていました。

前置きが長くなりましたが、こういったプレッシャーは人間にとっては切っても切り離せないものです。本人にしてみれば、手を変え品を替えながら襲い掛かってきます。

特に経営者であれば、誰しも強烈なプレッシャーに苛まれることもしばしばだと思います。「経営者は如何にしてプレッシャーに打ち勝つべきか」といったフレーズをよく聞くように、経営者とプレッシャーは、一括りにされる場面が多いと言えます。

それはそうです。

経営者は会社の最高責任者なので、受注、社員の人事問題、資金繰り、取引先との関係性強化、株主対策などなど、ありとあらゆる面で経営課題を抱えており、それがすなわちプレッシャーとなり、のしかかってきます。

このように、様々なプレッシャーに取り囲まれている経営者なので、当然の如く「経営者はプレッシャーに如何にして向き合うべきか」という命題が出てくるのも当然といえば当然です。

しかし、実は、経営者はこうしたプレッシャーに向き合おうとする必要はないのです。

なぜなら、経営者にとっては、プレッシャーに取り囲まれている状態が「常態」、いわば、平常時の状態であること。そこに、有事の際の対処法である「向き合う」という行為は、そもそも馴染まないからです。

平たく言えば、プレッシャーという羊水の中で、淡々と泳いでいるだけとでも言いましょうか。プレッシャーの中で漂っている状態は、あくまでも平常時の状態なのです。そこに、異常事態に「向き合う」という概念はそもそも存在しないのです。

実存哲学の父とされているセーレン・キルケゴールは「人間は『死に至る病』を抱えて生きている」という言葉を残しています。

この言葉の抽象度を一段も二段も下げて、経営者に当てはめて表現してみると次のような言葉になるでしょうか。

「経営者は『終わりの見えないプレッシャー』を抱えて生きている」

誤解の無いようにしておきますが、決して経営者の皆さんを暗くさせるつもりはありません。

経営者が経営者として、会社と社員とその社員の家族の生命線を握る以上、プレッシャーにまみれながら日々経営に取り組んでいくことが、あたかも息を吐けば吸うといった具合に、ごくごくあたり前のことである。もしくは、経営者として平然と背負うべき覚悟である。という事をお伝えしたいだけなのです。

しかし、そうは言っても、プレッシャーまみれの状況があたり前だからという理由で、無策のまま100パーセント受け身でいいのでしょうか?

そうではない筈です。

プレッシャーは消し去ることができませんが、予めその影響を小さくする、もしくは、薄めることが十分可能だからです。

なぜならば、複数の経営者に対して、同じプレッシャーが生じても、経営者が複数いれば、その対処の仕方も複数あるからです。当然、その対処の結果、受ける影響も複数通りあります。

そして、そのプレッシャーの影響を日常的に小さくする、もしくは薄める手法の一つが、「業績を経営数値により見える化する仕組み」です。

この仕組みの概要は以下のようなものです。

まずは、企業経営者が自社の業績が見えていないという前提に立ちます。「見えていない」を具体的に示しますと、どの商品が儲かっていて、どの商品が儲かっていないか、はたまた赤字なのか、が見えていない。かつ、どの顧客が儲かっていて、どの顧客が儲かっていないか、はたまた赤字なのか、が見えていないのです。

この状況を放置すると(良いも悪いも見えていない状況下では、必然的に放置になるだけですが)、赤字は積み上がる一方で、伸ばし切れていない黒字は鳴かず飛ばずの状態が続くだけです。赤字の塊りと黒字の塊りを、ごちゃごちゃと一つの塊りにして、「さあ黒字だ、赤字だ」と一喜一憂している状態です。

こんな状態は、経営者が望んでいる企業経営ではない筈です。しかし、業績が見えていない状況下では、この「業績の良し悪しをひと塊でしか把握できない」のが現実です。これを見える化することにより、(すべてが完璧に上手くいくとは限りませんが)、従来よりは格段に企業経営の態をなしてきます。

そうなれば、従来のままであればプレッシャーに押しつぶされそうになっていた外部環境の激変も、認識できるレベルでその影響を減じていくことが可能になります。

これは、プレッシャーに向き合う云々ではなく、仕組みというツールにより、プレッシャーを先読みしてコントロールするからです。

経営者は経営者であり続ける限り、プレッシャーまみれで日々経営に取り組むのがあたり前です。息を吐けば吸うが如く。

そこには、「向き合う」云々という概念は存在しません。

経営者は「終わりの見えないプレッシャー」を抱えて生きています。

しかし、まともにダメージを受けることに甘んじていい筈はなく、「業績を経営数値により見える化する仕組み」を構築することにより、そのプレッシャーをコントロールしていきたいものです。

経営者たるあなたが、あなたしか背負うことのできないプレッシャーを日常的にコントロールしていかれることを願って止みません。