今週のコラム 「『盤石の財務基盤』を次世代へと繋ぐ」 [第48話] 社員にビジョンをいくら語ったところで意味は無い。それはなぜか?

良い経営をされている経営者は明確なビジョンを持っています。ほぼ例外なく、といっても過言ではありません。

ビジョンとは、経営者が創業した際に、「私は将来的にはこの会社をこんな理想的な会社にしたい」とか、「私はこの事業を世に広めることにより人々の暮らしを今よりもっと良くしたい」とか、「私はこの事業を進めることにより地域の発展に大いに貢献したい」とかいった志(こころざし)のことでもあります。

経営者にとって、このビジョンを実現していくことが会社の存在価値を高めていくことにも繋がるため、社員にもことある毎に言って聞かせて、全社員へのビジョン浸透を図るものです。これにより、ビジョンが社内の共通言語となり、経営者と社員の意識の共有化が図られ、時間は掛かるかも知れませんが、会社全体が一枚岩となり、強い組織へと変貌していくのです。

私のセミナーに参加された経営者の中にも、御自身のビジョンを滔々と語る経営者が多数いらっしゃいます。そんな様子を見ていると彼らが社員に情熱を注入している様子が目に浮かびます。

確かに会社という組織体を束ねていくためには、社員に対してビジョンを明示し、しかもそのビジョンをいかにして肚落ちさせるかが非常に重要で、ビジョンをお持ちの中小企業経営者であれば、皆さんこの点で常に壁にぶち当たっているのではないでしょうか。

ビジョンの啓蒙と一言でいっても、さまざまな伝え方があります。肝要なのは、敢えて大雑把に伝えることでしょうか。聞いた社員が頭の中で、思考を巡らす隙間というものを始めから確保してあげる想定で、大雑把に伝えるのです。

なぜなら、経営者が示せるのは大きな方向性であり、そこを目指すための枝葉に該当する派生的なビジョンは社員に自由にイメージさせてまとめ上げてもらえばいいからです。枝葉まで経営者が考えようとしても、とどのつまり経営者の発想のキャパを超えることはなく、そこは社員の自由な発想力を活用するに越したことはないからです。(もちろん、最後は経営者が取りまとめることは言うまでもありません)

このように、企業経営にはビジョンが必要不可欠で、経営者として四六時中社員に啓蒙することが必要です。

しかし、それだけで十分でしょうか?

実はそうではありません。実はあるモノが欠落した状態でビジョンをいくら社員に啓蒙したところで、意味のある効果は望めないのです。言い方を変えれば、「ビジョンだけを語っていても飯は食べられない」のです。

仮に、ビジョンだけを来る日も来る日も吹き込まれた社員が、3年後5年後、ビジョンに沿った状況で会社を発展成長させていくことができるでしょうか?

答えはおそらくノーです。

ビジョンを啓蒙する際に、表裏一体で会社の羅針盤として存在し続けなければならないモノがあるのです。

そのあるモノとは何でしょうか?

あるモノとは、ズバリ、「経営計画」です。

経営計画については過去のコラムでも幾度か触れていますが、経営者にとってビジョンを実現するための羅針盤とでも言いましょうか。もしくは、会社がビジョンを実現するまでの脚本とでも言いましょうか。

いずれにしても、それがなければ会社がビジョン実現に向けて進んでいるのか否か、進んでいるにしても順調なのかそうでもないのか、が皆目見当がつかなくなってしまうという、極めて重要な物差しのようなものです。

ビジョンが会社が進むべき「抽象」を表し、経営計画が会社が進むべき「具体」を表します。

具体というだけあって、経営計画は数値計画がメインです。ビジョン実現の時期をゴールに見立てて、ゴール逆算型で3年後はどうなっているべきか、5年後はどうなっているべきか、10年後はどうなっているべきか、等々ゴール逆算型の数値目標を設定します。

会社が営む各事業別に経営計画を作り、その達成に向けて全社員の行動を一点集中させます。

分かりやすい例を書きます。

陸上競技の十種競技を思い浮かべて下さい。

コーチが指導する十種競技の選手に「オリンピックでメダル獲得を目指そう」と叱咤激励したとします。これを言われた選手は、よし頑張るぞ!とモチベーションを上げることは確実です。しかし、いざトレーニングをしようとしたら困惑してしまうのが目に浮かびます。なぜか?

十種競技というだけに、十種目にものぼるトラック競技から投てきや跳躍といったフィールド競技で戦わなければなりません。

個々の種目でどういったトレーニングをどういったスケジュールで進めていくのか、なおかつ、その途中のどの大会に出場してレベルチェックを行うのか、等々といった「具体」が必要なのです。オリンピックでメダルを獲るという「抽象」だけでは片手落ちなのが明らかです。

「抽象」を実現させるためには、「具体」が必要なのです。

企業経営も全く同じで、たとえば「世界中の人々をきれいな水で心も体もきれいにしたい」といったビジョンを掲げている会社があるとします。いわば「抽象」です。

そのビジョン実現のためには、いつまでに、どの地域に、水道インフラを敷設するのか。そのためにはいつまでに水資源の確保をするのか、そのためにはいつまでに各国の政府と取り決めをするのか、そのための設備投資資金の調達スケジュールはどうするのか、いつまでにオペレーション要員を確保するのか等々、経営計画が必要不可欠です。いわば「具体」です。

この場合、経営計画を一切作らずして、「世界中の人々をきれいな水で心も体もきれいにしたい」だけを、あたかもアファーメーションのように毎日唱和していても、ビジョン実現は不可能です。

また、ビジョン不在だが、経営計画だけ作っている会社はどうでしょうか。

結論を言うと、この場合も上手くいきません。

なぜなら、経営計画は具体的かも知れませんが、ビジョン不在のため、個々の計画数値が「何のため」を目指しているのか、がないからです。人間は理由が明確になっていない目標には動機付けされない生き物です。

つまり、経営計画はあるものの、ビジョン不在の会社の場合も、その会社の発展成長は到底望めないでしょう。

このように、ビジョン(抽象)と経営計画(具体)は、車の両輪のようなものです。どちらか一方では、前進することすら無理です。

社員はおろか、経営者すらも右往左往してしまうのです。

あなたは、「抽象」と「具体」の両方をバランスよく使い分けて、会社全体の一枚岩化を図っていますか?