今週のコラム 「万人を魅了する千年企業を目指す!」 [第58話] 経営者が使う言葉にどんな定義をつけるかによって、結果は良くも悪くもなる。

スズキ、マツダ、ヤマハ発動機といった日本の名だたる自動車メーカーが排ガス検査に関わる不正を行っているという報道が先日ありました。もはや、組織ぐるみというイメージを持たれても仕方ないかのような散々な状況です。

実際にこれらメーカーの自動車に乗っている一般ユーザーにしてみれば、「もういい加減にしてくれ」というのが正直な心境ではないでしょうか。

なぜ、こういった不正が横並び的に起きるのでしょうか。規制当局を欺き、結果的に顧客を欺く彼らには、ある共通するコトがあるのでは、という見立てをしています。

あくまでも仮説ですが、それを反面教師として逆手に取り、「そういう状況を作らなければ、致命的な状態に至ることはない」と考えていただければという思いで、以下お伝えします。

経営者である皆さんが社員に対して、「責任」という言葉を発する場合、そこにどういった意味を込めていて、かつ社員がどういった意味で受け取っているのか、考えたことがあるでしょうか?

社員がどう受け取るかは、経営者が常日頃、どのような定義づけで「責任」という言葉を使っているのかで決まってきます。

二つのケースを考えます。一つ目のケースです。

社員に仕事を任せる際に、「この仕事における君の『責任』は自分の持てる力をすべて出し切ることだ。できない部分があってもかまわん。それは気にするな。最後は社長である私が最終確認する。また、この仕事における私の責任は、君に足りていない部分を埋めることと、顧客が喜んでくれるものを会社として提供することだ。だから、安心して全力で取り組んでみろ。」と経営者が話したとします。

こう言われたら、社員はどうでしょうか?

委縮することなく、失敗を恐れることなく、真っ向勝負で任された仕事に全身全霊でぶつかっていけます。

なぜなら、そうする事が自分に課された「責任」だと、経営者自らが話してくれたからです。

このような社風で仕事をさせる会社の社員がレベルを上げていかない訳がありません。

失敗を恐れないことが、自らの「責任」を全うすることに繋がっているので、迷うことなく仕事に向き合えます。そして、たとえ失敗しても、その失敗を糧に上司から指導を受けることができるので、場数を踏めば踏むほど、技量は増していきます。と同時に、上司と部下という師弟関係がどんどん強固になっていくので、組織全体の団結力もどんどん強固になっていくのです。

逆もまた然りです。二つ目のケースです。

社員に仕事を任せる際に、「君に任せるこの仕事の出来不出来は君の評価に繋がる。もちろん、顧客に出す前に私が確認するが、そこでダメ出しをもらうようでは、君の評価もその程度だったということになる。つまり、この仕事における君の『責任』はできる限り、減点されないような素晴らしい成果物を上げてくることだ。」と経営者が話したとします。

こう言われたら、社員はどうでしょうか?

そこには委縮しか生まれません。失敗を恐れるあまり、チャレンジングな発想など微塵も生まれることはないでしょう。さらに、当たり前ですが、顧客を向いて取り組むべき仕事も、上司の方しか向いてない状況下で進捗していきます。

なぜなら、何かやらかしたら、自分の評価に響くと明言されているからです。減点を受けない成果物を出すことが自分の「責任」だと明言されているからです。

このような社風で仕事をさせる会社の社員が、レベルを上げていける訳がありません。

冒頭に紹介した日本の名だたる自動車メーカーの規制当局への報告内容が不正と判断されたという状況は、各メーカー内で発せられた号令に含まれた言葉における社内的な定義が、「まともでなかった」可能性が非常に高いといえます。

言葉としては一般的でも、社内でまかり通る定義が会社独特の「まともでない」もので、社員全体がその異常性に麻痺していたのかも知れません。

次のような事も言えます。

経営者が全社員を集めて、「今回のプロジェクトは我が社の社運が懸かっている。皆さん、それぞれの『責任』を全うして取り組んでもらうことを心から期待している。」と決意表明をしたらどうでしょうか。

言わずもがなですが、前者の「出来不出来は問わず、全力で取り組ませる社風の会社」と、後者の「出来不出来を直接的に出世に影響させる社風の会社」とでは、社員の「責任」という言葉の受け取り方に雲泥の差が出るのは明々白々です。

各社員の仕事を通しての人間性の磨き方はもちろんのこと、会社そのものの将来の事を考えても、いずれの社風が望ましいか、ここで改めて言うまでもないでしょう。

あなたは、社員に向けて随所で発する言葉を、それが持つ社内的な定義を明確に分かった上で使っていますか?

社内独自でまかり通っている定義いかんでは、社員をも会社をも、やがては苦境に陥らせる恐れがあります。

一つ一つの言葉が持つ定義を決して疎かにしないことを願っています。