今週のコラム 「『盤石の財務基盤』を次世代へと繋ぐ」 [第63話] 「晩節を汚していない」という言葉は、経営者にとって決して誉れではない。それはなぜか?

このところ、世間の注目を集めたゴシップ的なニュースとして、日本体操界の問題、日本アマチュアボクシング界の問題、日本大学アメフト部の問題などがあります。

いずれもフェアプレー精神を理屈抜きに重んじて然るべきの組織で明るみに出た、それとは真逆の事態が世間の驚きと注目を集めました。

いわゆる「晩節を汚す」という現象です。

この「晩節」云々という言葉ですが、この言葉が使われる自体、本人がその組織で一定以上の成果を出してきたという事実が前提としてあります。逆に、成果らしい成果を出すこともなく、特に目立たないだけの人物だとしたら、「晩節」という言葉自体が出てくる余地はありません。

つまり、間違いなく、本人はその組織内である意味、頂点に昇りつめてきた訳です。

だからこそ、頂点に昇りつめた後も発していた他を圧倒するような「圧(あつ)」とは真逆な豹変ぶりを目の当たりにした時に、周囲は期待を裏切られた衝撃と共に、その評価を地に落とすのです。

ここで「晩節」という言葉を企業経営者に当てはめてみます。

この言葉でよく思い出すのが京セラやKDDI創業者の稲盛和夫氏です。彼は「経営者は晩節を汚してはいけない。そのためには、常に自分自身を厳しく律していかなくてはならない。」ということを仰っています。

現に御自身も仏門に入り得度した経験をお持ちで、これは、従業員数万人の企業を経営している自分自身が少しでも慢心して道を見誤らないようにするために、踏み切った行為のようにも思えます。

現に稲盛氏はその後もJAL再建の司令塔になったり、文字通りの名経営者の道を歩み続けています。まさに「晩節を汚さない」を地でいっている人物です。

しかし、この時代において経営者として「晩節を汚さない」ことがすべてでしょうか?

実はそうではありません。今回はそのことをお伝えしていきます。

辞書で「晩節」を引くと、次のような意味が出てきます。

「人生の終わりのころ、晩年、晩年の節操、末の世、末年」

これらの意味に共通していることは、「相当程度の長期間を経ている」という点です。

経営者でいえば、いわゆる長期政権といったところでしょうか。

経営者が余りにもカリスマ的な場合、適当な後継者が決められず、結果的に当該カリスマ経営者が長期政権に君臨することになります。しかし、人間の寿命は有限であり、ましてや企業経営者といういわば激務に耐えきれるのは70歳前後が限界とも言われています。

つまり、いくら経営者がカリスマでも、否応なく後継者にバトンタッチすることは避けては通れない絶対的事実なのです。

つまり、晩節云々といわれるような状態になる手前で、後継者を決めて、御自身の経営哲学を伝授することが必要なのです。

自社の経営が緊急事態の真っ只中であるのならば話は別ですが、ある程度、巡航速度に乗っているのであれば、経営者にとっての最優先の経営課題は、後継者選びとその教育以外にありません。

これからは(というより、既に始まっていますが)、業界の境界線など無視した異業種がクロスして互いの領域を侵食してくる時代です。それだけ、存続していくことが困難になる時代がやってきているのです。過去の成功やそれに基づく固定観念は、逆に存続していくことの阻害要因にしかならない可能性すらあります。

ここはむしろ、現経営者の経営者的反射神経が若々しいうちに、後継者を選び、鍛えて、事業承継を果たしていく。この後継者もやがては、自身の経営者的反射神経が若々しいうちに、後継者を選び、鍛えて、事業承継を果たしていく。

このバトンリレーが綿々と続いていくことが大事ではないでしょうか。

もうお分かりのように、このバトンリレーを続けていく中では、晩節などという概念自体が入り込む余地はないのです。晩節を迎える前に、次世代に承継していくのですから。

バトンを受け渡す現経営者、バトンを受け取る次経営者、いずれもド真剣に経営に向き合って事業を磨き続ける、この動きが企業文化として根付いたらどれだけ素晴らしい企業になっていくでしょう。そんな流れを期待しています。

さて、現実的には、中小零細企業ほど後継者難に苦しんでいます。少子高齢化の時代、なかなか身内の後継者に恵まれない、運よく御子息がいても家業の将来性に不安を感じて後継者を受けたがらない。こんな状況を背景にしていわゆる親族内事業承継の比率は激減しています。

必然的に、優秀な社員に後継者を任せる親族外事業承継の比率が急増しています。そして、後継者を任せられるような優秀な社員が不在の場合には、文字通りの外部事業承継という流れになってきます。

いわゆる「スモールM&A(事業承継)」というスタイルです。

「スモールM&A(事業承継)」とは、株式譲渡、事業譲渡、等々といった様々な方法で、事業存続を図る動きが今までにないスピードで加速する可能性があります。これについては、今後折に触れて最新情報をお伝えしていきます。

話を戻しますが、経営者たるもの、晩節を汚すなど論外ですが、晩節を汚すことはないにしても晩節云々と言われる手前に後継者を選んで、早め早めに事業承継を果たしていく、その覚悟を持っていただくことを切に願っています。